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[BookReview] 頻繁かつ迅速な小さな決定による将来の大きな決定の回避:野中郁次郎『知的機動力の本質』

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▼Week28-#01:野中郁次郎『知的機動力の本質:アメリカ海兵隊の組織論的研究』(中央公論新社, 2017年)

感想:★★★☆☆
読了:2017/07/11

名著『失敗の本質』の著者による新刊。『失敗の本質』は日本軍の作戦を分析した「失敗した組織」の研究であるのに対して、本書は米海兵隊という「勝つ組織」の研究。2部構成で、前半の第1部は著者による研究、後半の第2部は「機動戦(Maneuver Warfare)」へのパラダイムシフトを著した海兵隊のドクトリン『ウォーファイティング(Warfighting)』(第2版, 1997年)の翻訳。ひとまず第1部まで読了。

「組織論的研究」と副題にはあるものの、主題に掲げられた「知的機動力(Knowledge Maneuverability)」という軸に重きが置かれている本書は、「これまで進めてきた知識経営の『組織的知識創造理論』という研究成果をアメリカ海兵隊に応用した」(p.iii)もので、第1部の後半では『知的創造の経営』などに出てくる「SECIモデル」(参考)とボイド空軍大佐による「OODAループ」(参考)とを対比したり、ポランニーによる「形式知/暗黙知」やアリストテレスによる「エピステーメー/テクネー/フロネシス」(『ニコマコス倫理学』)といった知識論的考察の面が強い。

実務家として本書を読むのであれば、(1) 米海兵隊が提示した「機動戦」というパラダイムの本質と、(2) そのパラダイムに合わせていかなる組織を作るか、に着目して追うのがよい。

機動戦とは「戦場において物理的・心理的に相手を追い詰めて勝つことを目的とし、予測不能な行動をすばやく取って敵を混乱させ、その混乱に乗じて最も脆弱な点に兵力を集中して突破する『賢い戦い方』」(p.50)で、「兵器の力を最大限に活かし、敵を物理的な壊滅状態に追い込もうとする決戦主義の考え」(p.51)にもとづく「消耗戦」(Attrittion Warfare)の反対に位置づけられる。

 消耗戦機動戦
目的敵の物理的な壊滅状態敵の物理的・心理的劣位による戦意喪失
勝利のキー圧倒的な軍事力・兵站力意思決定・兵力移動・兵力集中などの迅速なプロセス
対応する組織中央集権的な官僚組織自律分散的・協働的なネットワーク型
組織の思考様式サイエンス的思考アート的思考

歴史上、陸海空の三軍と異なりたびたび「不要論」の浮上した海兵隊は、「1775年の創設以来、何度も存在価値を問われてきた組織であり、その度に自己革新組織として変わり続けて成果を出し、すなわち知的機動力を発揮し新たな存在価値を創造」(p.171)してきた。「水陸両用作戦」・「機動戦」といったパラダイムはそうした「自己革新」の産物でもある。

MEU[Marine Expeditionary Unit, 海兵遠征隊]は、通常の隊が通常任務と特殊任務の両方を遂行するので、特殊部隊ではない。陸軍のグリーン・ベレーやデルタ・フォース、海軍のシールズ、空軍のAC-130ガンシップは特殊部隊であり、高い投資で高度の専門性を育成するエリート集団であるが、MEUは海兵隊の通常の隊で構成され、通常任務と臨機応変の専門技術をもつ。(略)海兵隊では、ライフルマンが航空機、ヘリコプター、戦車などを動かしていると言ってよい。(p.65)

本書では、「海兵隊員すべてライフルマン(Every Marine a Rifleman.)」(p.71)というあり方や、「海兵隊をやめても彼は一生海兵隊員であり続ける(Once a Marine, Always a Marine.)」(p.80)といった言葉にあらわれる「共通のアイデンティティ」(p.157)に根ざした相互の信頼や連帯意識の強さに幾度となく触れられる。

こうして作られた一枚岩のチームによって可能になっているものは、(1) 各人のケイパビリティを知った上での有機的なチームワーク展開と、(2) 現場への有効な権限委譲であろう。

すべての海兵隊員は、階級や職種のいかんにかかわらず、どんな状況下にあっても、すぐさまライフルをひっつかんで闘えるのだ。(略)歩兵は他の機能と有機的に同期化した時に強力な機動戦を展開できる。海兵隊の機能は、ライフルマンを中心とするネットワークとして、地上支援、輸送・艦砲支援、役務支援、近接航空支援が有機的に配置されているのである。(p.158)

この箇所は、小規模なスタートアップですら高度に専門分業化されている場合がほとんどである企業体と比較すると違いが顕著だ。組織の「共通言語」は業務レベルのある一定スキル(あるいは集団的に共有された暗黙知。SECIモデルにおける「共同化 Socialization」)と言い替えることもできるのかもしれない。

また、機動戦において常に最前線に展開する海兵隊では、「任務戦術」(mission tactics)と称して現場への権限委譲が行われる。

任務を完遂するために必要とあれば、最前線のリーダーが通常なら大佐が下すような判断を行うことさえある。「指揮」のトップダウンと「統制」のボトムアップを両立させるのである。海兵隊にとって、「統制」はボトムアップを意味する。状況に応じて必要になる意思決定の権限、「オンデマンドの権限」を下位に与える、つまりマイクロ・マネジメントをしないことによって、フラット化ないしネットワーク化された組織構造よりも高い速さと有効性を発揮できるのである。(p.88)

こうした部分も刻々と状況が変化するような事業環境における個々人の判断に対して示唆がある。たとえばアンディ・グローブが「目標や望ましいアプローチを伝えることが権限委譲の成功のカギとなる」(『HIGH OUTPUT MANAGEMENT』p.91)と言うことと、野中氏がここに続く箇所で語る内容は同じことだ。

部下に大局観を与えつつ、個別の文脈に適合させる実行方法は実行者に任せる。流動する状況では、目的を遂行する実行手段が機能しなくなっても、「目的」と「理由」を理解しておけば臨機応変にほかの手段を用いることができるからだ。指揮官は、部下にやり方を指示しない努力をするのである。そして権限を移譲したからには、部下の行為に対してみずからも責任を取る。(p.89)

総じて『失敗の本質』とは方法論がかなり異なっている印象で、ことさら海兵隊礼賛の感すら否めないものとなっているが、ベンチャー企業の組織づくりやマネジメントという部分では大いに学びもある書物。もう一箇所、以下に引用する部分は、常に頭に置いておきたいと感じた。

海兵隊では、意思決定では速さと大胆さを求められる。80パーセントの解決とは、「即断という長所を備えた不完全な決定」のことであるが、これは衝動的な意思決定や即席のずさんな計画とは異なる。「小さな決定を頻繁かつ迅速に重ねていけば、土壇場に立たされた状態で、大きな決定を下さずにすむかもしれない」と考えられており、時間が最優先され、あらゆる角度から解析することによって決定を保留することは許されない。(p.89)

Written by shungoarai

7月 12th, 2017 at 1:10 am

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