▼Week04-#01:H. チェスブロウ『OPEN INNOVATION』(産業能率大学出版部)
感想:★★★★☆
読了:2017/01/26
第4週目の課題図書は、先週に引き続きハーバード・ビジネス・スクールのチェスブロウ教授の著書『OPEN INNOVATION(原題 “OPEN INNOVATION: The New Imperative for Creating and Profiting from Technology”)』。クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』と並んで「新たな古典」としての地位・定評のある書物で、またとても平易に書かれた入門的な書でもあります。
本書は、大企業の企業内研究所主導による従来型の「クローズド・イノベーション」と呼ぶべきアプローチは現代に合ったものではないため、一社内で完結しない新たなアプローチ(=オープン・イノベーション)を指し示す一方、このアプローチは決して技術開発という閉じたコミュニティのみで議論されるべきではなく、「ビジネスモデル」と合わせて検討すべきだと示しています。
Xeroxの独占から脱出し、Ethernetを商品化したRobert Metcalfeによれば、これまでのイノベーションに対するアプローチは、大企業に独占を許すかわりに、大企業に基礎研究をしてもらうというものであった。
これは過去には正しかったかもしれないが、知識が普及した社会において、企業内に知識を閉じ込めて、その企業のビジネスに必要なときのみに使用するといった方法はもはや通じない。(チェスブロウ『OPEN INNOVATION』pp.202-3)
本書は以下のように構成されています。
構成 | 章 | 内容 |
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導入 | 序章 | 第2〜3章で詳述されるクローズド・イノベーションからオープン・イノベーションへの「イノベーションのパラダイム・シフト」を先取って説明。 |
問題提起 | 第1章 | Xerox社の社内研究所「PARC(Palo Alto Research Center)」は、今日のPCやコミュニケーションを支える技術開発に大きく貢献し、またAdobeなど、スピンアウトして成功したベンチャー企業も輩出したが、Xerox社への利益には寄与しなかった。問題の所在を「イノベーションのマネジメント」に見る。 ※キーワード:チェスとポーカー、テクノロジーとマーケットの双方の不確実性のマネジメント |
歴史的背景 | 第2章 | 大企業の社内研究所によるイノベーション・プロセスである「クローズド・イノベーション」の成立背景を米国史の文脈から整理した後、社会やベンチャー企業を取り巻く環境の変容によって「研究」と「開発」との間のギャップが広がった結果、このアプローチが時代遅れとなっていったさまを説明する。 ※キーワード:中央集権的・垂直統合的、規模の経済・範囲の経済 |
歴史的展望 | 第3章 | 前章の内容を受け、「アイデアは社外に豊富にあり、優秀な労働者も中途でいくらでも採用できる状況」下では新たなイノベーション手法が必要だと論じる。一方、「オープン・イノベーション」は社内の研究部門を不要とするということを意味するのではなく、その役割を変容させるという。 ※キーワード:知識結合 |
別の視座の持ち込み | 第4章 | テクノロジーは、それ自体では価値を生まない。新しいテクノロジーを新しいマーケットに結びつけるにはビジネスモデルを必要とし、その追求こそが企業のマネージャーの仕事だと論じる。 ※キーワード:支配的ロジック、テクノロジーに適合した正しいビジネスモデル |
各社事例 | 第5章 | IBMの事例。 1) オープンなテクノロジーによる顧客のビジネスのサポート 2) 知的財産権のライセンス |
第6章 | インテルの事例。独自のテクノロジーを持たない企業の、イノベーションのマネタイズ方法。 1) 専門特化型の研究活動 2) 大学や外部研究所とのネットワーク、資金提供による成果へのアクセス 3) インテル・キャピタル |
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第7章 | ルーセントの事例。社内の知識を市場化する方法。 - NVG(社内ベンチャーキャピタル)によるテクノロジーのビジネス化 |
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知財戦略 | 第8章 | オープン・イノベーションの世界では、自社の知的財産権を自社で利用するということにとどまらず、他社にライセンスすることで自社内で活用されてない知的財産権から利益を上げることもできる。 いずれの場合も、知的財産権の価値はビジネスモデルに依存するため、テクノロジーにとって有効なビジネスモデルを探すことが重要。 |
結び(実行戦略) | 第9章 | 社内でオープン・イノベーションを起こすための方法。 |
以下、ざっくりと感想です。
- 各社の事例を挙げてはいるものの、全体的にはマクロ・一般的な「イノベーションのあり方」論とその移ろいについて書かれた書物であり、潮流を理解するための本。それゆえに「技術経営」ジャンルの本流とも言える。
- 一方、概説的なので、最終章(第9章)を除くと実務的ではないかもしれない。実務家がアクチュアルに捉えることができるとしたら、自社が「クローズドイノベーション」型のプロセス・アプローチを選好する企業である場合は危機感を提示してくれたり、その打開方法を案内してくれるであろう。そういう意味でも、本書は大企業の人に向けたものになっているように思う。
- 関連書籍:
- 本書でも著者が批判を加えている企業の「中央研究所」の日本でのあり方や、日本での事例を取り上げて解説しているものには榊原清則『イノベーションの収益化』(有斐閣, 2005年)がある。
- 前述の通り、本書はすぐれて「ビジネスモデル」について論じた本である。「オープン・イノベーション戦略」が奏功する場合の所与の条件として「補完材」の有無による違いなどを挙げていることからは、ガワー&クスマノ『プラットフォーム・リーダーシップ』(有斐閣)もまた参考になろう。