Think Webby

Thinking around from the webby point of view

[BookReview] クリステンセン『イノベーションのジレンマ』

one comment

▼Week03-#01:C. クリステンセン『イノベーションのジレンマ(増補改訂版)』(翔泳社)

感想:★★★★★
読了:2017/01/22

第3週目の課題図書は、ハーバード・ビジネス・スクールのクリステンセン教授の名著『イノベーションのジレンマ(原題 “The Innovator’s Dilemma – When new technologies cause great firms to fail”)』。書名は広く知られているものの、きちんと読まれたことのない本の代表格であるようにも思います。邦訳書 巻末の「解説」にも書かれているように、本書はクリステンセン教授の先行するさまざまな論考をもとにまとめあげられており、それらの一部はビジネススクールでの教科書として定評のある『技術とイノベーションの戦略的マネジメント(原題 “Strategic Management of Technology and Innovation”)』(邦訳書)にも収められています。

身の回りで本書が言及される場合、「旧来の大手企業(かつてイノベーションを成し遂げた企業)は、自らの収益性を保たんがために、新たな破壊的技術を市場にもたらす新規参入企業に対する有効な手を打つことができず衰退する」という運命論的なアウトラインのみが語られることが多いように思います。しかし、実際の本書では、前半で「イノベーターのジレンマ」(多くの人が本書に対してイメージしている内容)をいくつかの事例を通じて一般化をしたのち、後半半分は「では、それに対して旧来の大手企業はいかに『破壊的イノベーション』に対処すべきか」について細やかに書かれています。

本書は以下のように構成されています。

内容
第一部「優良企業が失敗する理由」優良な経営を行なう大手企業は破壊的イノベーションに直面したとき「イノベーターのジレンマ」と呼ぶべき状況に陥り、業界リーダーの座から転落するという傾向をさまざまな業界の例を見ながら導く。
第1章ディスクドライブ業界のイノベーションの歴史を概観しながら、既存の大手企業が従来の大手顧客に縛られる形で持続的イノベーションを進めていくなか、新規企業が技術的には簡単な「破壊的イノベーション」によって下位市場へと参入し、次第に上位市場へと進行するパターンを見いだす。
第2章存の大手企業が前章に見るような失敗を犯す理由として、従来語られる「組織の官僚化によるリスク回避傾向(企業文化)」や「抜本的新技術には全く新しいノウハウが必要」といった理由ではなく、「バリューネットワーク」という概念での説明を試みる。
ここでは、第1章に見たディスクドライブ業界のなかでも、5.25インチドライブから3.5インチドライブへのシフトに手こずったシーゲート・テクノロジー社の例を見ながら、破壊的イノベーションに邂逅した際の大手企業の意思決定パターンを解説する。
第3章別の業界(掘削機業界)での例をもとに、ディスクドライブ業界から見出されたパターンの一般化を図り、善良な経営者による安定経営のパラダイムは、破壊的技術を扱うには役に立たないことを示す。
第4章バリューネットワークの考え方(特にコスト構造)をもとに、既存の大手企業は下位市場を狙った破壊的イノベーションへの資源配分を行なうことができないことを、1.8インチディスクドライブや鉄鋼業界におけるミニミルを例に示す。
第二部「破壊的イノベーションへの対応」第一部で示された「イノベーターのジレンマ」に対して、いかに既存の大手企業が対処しうるかを論じる。
第5〜9章第二部の冒頭で示される、破壊的技術に直面・失敗した企業の5つの原則ひとつづつに対して、各章で対処策を挙げる。
第10章第一部の「イノベーターのジレンマ」仮説と、第5〜9章で挙げたアプローチをもとに、架空のケース(電気自動車技術への参入)における意思決定をシミュレートする。
第11章まとめ
(表:クリステンセン『イノベーションのジレンマ』の全体構成)

 

以下、ざっくりと感想です。

  1. 上にも書いたように、本書は単なる運命論の本ではなく、いかに危機をもたらしうる状況に対して対処すべきかという問題に対して現実的な処方箋をも提示している(その意味で、巻末の解説にあるとおり「『学問的厳密性と実用的応用性』を両立した希有な書物」という評は、当を得ている)。
  2. 本書のなかでも、とりわけ第2章(「バリュー・ネットワークとイノベーションへの刺激」)と第9章(「供給される性能、市場の需要、製品のライフサイクル」)の2つの章は、とりわけ熟読に値すると感じた。
    • 第2章の重要な部分は「バリュー・ネットワーク」として提示される概念そのものである。ある製品を構成するさまざまな部品の一切合財を含めた「入れ子構造になった商業システム」(クリステンセン, p.66)のことである。この考え方が重要なのは、この章以降の本書では「各バリュー・ネットワークのコスト構造は、どのようなイノベーションが利益に結びつくと企業が考えるかに、多大な影響を与える」(同, p.71)という原則を前提とするからである。
    • 第9章で重要なのは、「破壊的イノベーション」の生まれる経緯と、その後の見通しを簡潔にまとめている点だ。この認識は、技術企業で製品を考える上で(自社の製品や他社の製品はいまどのステータスにあるのか)非常に助けになると思う。
      • 〔大手企業の〕技術者は、市場が必要とする以上の、あるいは市場が吸収しうる以上のペースで性能を高めることができた。歴史的にみて、このような性能の供給過剰が発生すると、破壊的技術が出現し、確立された市場をしたから侵食する可能性が出てくる。(同, p.247)

      • 一般に、ある特性に対して求められる性能レベルが達成されると、顧客は特性がさらに向上しても価格プレミアムを払おうとしなくなり、市場は飽和状態に達したことを示す。このように、性能の供給過剰は競争基盤を変化させ、顧客が複数の製品を比較して選択する際の基準は、まだ市場の需要が満たされていない特性へと移る。(同, 251-2)

  3. 本書の優れた点は、「イノベーション」や「破壊的技術」を技術的な問題ではなく、より一般的に捉えていることで、それゆえ「技術企業」以外(本書中で触れられている例としては、ウォルマートなどの小売業)にも適用しうるものとなっている点である。破壊的イノベーションを製品化し、その提供価値に適合した市場・顧客を見つける試みはすぐれてマーケティング上の課題だ。また、組織内での意思決定に関する考察の部分では、従業員というものが結果・業績によって「評価を受ける」人びとであるということに留意し、そのために合理的な判断をする(非合理的な選択肢を排除する)ということを前提に置いている点は、企業の経営・マネージメントに関与している者にとっては学びが大きい。
  4. そういえば、以前読んだ(内容はだいぶ忘れた)任天堂のゲームクリエイター 横井軍平氏によるフレームワーク「枯れた技術の水平思考」というのは、本書で「新技術はいらない。それはむしろ、実証済みの技術からできた部品で構成され、それまでにない特性を顧客に提供する新しい製品アーキテクチャーのなかで組み立てられる」(同, p.285)と言われる「破壊的技術」のことに他ならないのかもしれないと思った。

Written by shungoarai

1月 22nd, 2017 at 3:30 pm

One Response to '[BookReview] クリステンセン『イノベーションのジレンマ』'

Subscribe to comments with RSS or TrackBack to '[BookReview] クリステンセン『イノベーションのジレンマ』'.

  1. […] 第4週目の課題図書は、先週に引き続きハーバード・ビジネス・スクールの先生であるチェスブロウ教授の著書『OPEN INNOVATION(原題 “OPEN INNOVATION: The New Imperative for Creating and Profiting from Technology”)』。クリステンセン教授の『イノベーションのジレンマ』と並んで「新たな古典」としての地位・定評のある書物で、またとても平易に書かれた入門的な書でもあります。 […]

Leave a Reply